酒言(Sake-Say)...Sak'e'ssay

吟香的 日本酒とのなれそめ

父が下戸だったおかげで、
お酒を飲まない家庭で育った私にとって、大学生になって目の前に開けたお酒ワールドは、すごく新鮮で、まさにワクワクする「大人の世界」でした。

特に日本酒(地酒)は、

・日本の「地方」で、
・日本人の魂とも言える「お米」を使って、
・伝統的製法にのっとって、手間暇かけて作られる、

そんなすごく「日本っぽい」、マニアックな感じが海外帰りで、日本人としてのアイデンティティみたいなものに憧れていた、当時の私の心の琴線に触れたのかもしれません。

娘がイケる口だと気づいた母がとても喜んだこともあり、私のお酒人生は、祝福されてはじまっていたんだなぁと思います。

大阪で自営業を営んでいた母方の祖父母はいわゆる「うわばみ」夫婦で、美味しい物には目がない人たちでしたが、その横には常にお酒がある...という環境に母は育っていたようです。

大学時代、長期休暇の際に祖父母の家にちょっと居候していた時期があったのですが、毎夕食時に、最初ちょっとビール(中瓶一本)と、その後お燗がつけられ、「お酒のあて」(大体2,3品)と「ご飯のおかず」2,3品が2段階に分けて供されるというのがカルチャーショックで、とても豊かな感じがしたのを覚えています。
(お酒は剣菱の一升瓶だったような...)

東京での学生時代はご多分に漏れず、ろくなお酒を飲んではいなかったはずなんですが、でも3、4年になる頃には地酒ブームがはじまっており、日本酒好きの友人達と、吉祥寺・下北沢あたりの居酒屋で「田酒」や「酔鯨」が美味しい...なんて言い出していたような気もします。

大学時代のお酒に関する一番の記憶は、休みになると実家に帰って母と、美味しそうなお酒(日本酒)を買って来て一緒に飲むという新しい習慣が出来たこと。

その頃は、「上善如水」が出たばっかりですごくスッキリして美味しい!!と夢中になり...
あとは、関西ってあまり他の地方の地酒が売っていなくて、大関の「大坂屋長兵衛」(大吟醸)を見つけて、これは美味しい、と喜んで飲んでいました。

今はもう、このあたりに手を伸ばすことはなかなかありませんが、自分の好みのお酒の原型はこのあたりにあったのかも。

私の出身の兵庫県は、灘のお酒が有名で、日本でも有数の酒どころなはずなんですが、菊正宗とか剣菱とか大関とか、大手過ぎて、もはや「地酒」ではないというか...。(苦笑)

そういう意味では、地元にお気に入りの地酒が無いのが残念なところではあります。
灘の酒蔵めぐりとか、一度行って見なくては...。

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